沖縄のいま

星英雄:転機の「オール沖縄」 現場の闘いに寄り添え

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「沖縄の民衆運動は新しい時代を切り開きつつある」と筆者に語ってくれたのは故新崎盛暉・沖縄大学名誉教授だった。辺野古新基地建設反対の現場の闘いが沖縄の政治を動かしていた。それから6年余。現場からは「オール沖縄」とそれを構成する各政党への批判がくすぶる。単なる「選挙互助会」ではないか。そして昨年6月の県議選、今年の浦添、うるまの2つの市長選を経て、来年の県知事選を危ぶむ声が出始めている。「オール沖縄」は明らかに転機を迎えている。県民の声を聞け、現場の闘いに寄り添え──。

オール沖縄は、現場の闘いと乖離してきているという批判がくすぶっている。

米軍キャンプ・シュワブのゲート前で、座り込みに参加する男性はこう言った。「オール沖縄の議員たちは現場に来てほしいと思っても来ない。現場とは相当隔たりがある。残念だが、オール沖縄の衰退が見えてきているように思う」

注目のうるま市長選が終わった。「オール沖縄」候補は、前回市長選より4000票近く差を詰めたが敗北した。市民の中心となって選挙活動を展開したのは、ゲート前の座り込みに参加する人たちだった。政党は後になって推薦した。

玉城知事は4回、出身地のうるま市入りしたが、影響力は「感じられない」と市民の1人。「結果が示している通り。オール沖縄はさび付いている」と言った。

〈米軍嘉手納基地前で=2021年4月撮影〉

「全基地撤去」を目指す「嘉手納ピースアクション」の人々の現場、米軍嘉手納基地の正門前。「石垣島では、陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票を求めているのに県は知らん振り。それでいいのか」

自衛隊ミサイル基地に反対する運動が続く宮古島。「玉城知事に何回も面談を求めたが会ってくれない」と島民は言った。知事にたいする不満は表面化している。

民衆運動あっての県政

オール沖縄は、翁長雄志前知事がつくったとか、保革の政治勢力の組み合わせなどでも語られるが、その見方は沖縄の民衆運動を欠落させている。

翁長県政もそれに続く玉城県政も、辺野古新基地建設反対闘争の広がりの上に成立した。そのことは、翁長氏が事実上の出陣式を辺野古のキャンプ・シュワブのテント前で行ったことにも現れている。

そのうえ、翁長前知事は当選直後にこうも語っていた。「政治よりも先に、県民の意識があった」──。

そのことは2015年1月、東京へやってきた沖縄県議たちの報告集会でより鮮明になった。「県民の強い思いが政治家を突き動かしていった」と、県議は報告したのだ。

県知事選での「オール沖縄」より先に、日米両政府の海上基地建設、辺野古新基地建設に反対する不屈の運動があったのだ。1997年1月には、辺野古の農民が「反対」の横断幕を張り出した。「ヘリポート建設阻止協議会・命を守る会」の活動、基地建設の賛否を問う名護市民投票に示された「反対」の市民意志。

海上基地建設をストップさせた座り込みは2004年4月に始まり、ゲート前の座り込みに引き継がれている。カヌーに乗った海上での闘いも続いている。命と暮らしを脅かす辺野古新基地・米軍基地建設への県民の怒りの広がりこそが、翁長・玉城県政を生み出したことを忘れてはならない。

辺野古、沖縄県民の不屈の戦い、それを支える全国の輪、そして「軟弱地盤」という自然条件が、日米両政府の辺野古新基地建設の実現を阻んでいる。勝つ見通しのない「裁判闘争」だけの県政の先に何があるのか。県民の闘いとともにあるのが、オール沖縄・沖縄県政ではないのか。

後援会長の嘆き

「玉城知事には困っている」。玉城知事の後援会長である仲里利信・元衆議院議員が嘆いていると、同氏周辺が明かした。とくに、那覇軍港の浦添移設、宮古島などへの自衛隊・ミサイル配備の問題は、後援会長自身の政治信条に反しているという。

仲里氏は自民党県会議員を4期、県会議長も務めた。原点は、県民の4人に1人が亡くなった沖縄戦。集団自決の日本軍関与を否定する、沖縄戦の史実を否定する政治勢力に抗議して11万人余が結集した2007年9月の県民大会実行委員長だった。「戦争につながる一切を拒否する」という強い信念を持っている。

玉城知事は那覇軍港の浦添移設を容認しているが、県民からは驚きの声が上がっている。玉城知事は「経済発展につながる」と、翁長前知事と同じ論理で正当化している。浦添の海を埋め立てて米軍の基地を造ることが沖縄の発展に資するとは、どういう論理なのだろうか。

オール沖縄は「米軍基地は経済発展の最大の阻害要因」と主張しているのではないか。浦添の海を埋め立てて米軍に基地を提供することは、辺野古新基地建設と同じではないか。

そもそも公約違反なのだ。知事選最終盤の2018年9月22日、那覇市の新都心公園で開かれた「玉城デニーうまんちゅ大集会」。この「大集会」こそが、玉城氏当選の決定打になったといわれている。ここで玉城候補がどんな演説をしたか、思い起こしてほしい。

新都心公園で、玉城氏はこう力説した。「辺野古に新しい基地は絶対に造らせない。そのことをあらためてお約束しましょう。戦争に奪われた土地は沖縄県民に返すべきです。私たちは今度の県知事選挙であらためて誓いましょう。この選挙で玉城デニーとともに、日本政府から、アメリカから沖縄を取り戻す。うちなーんちゅの手に取り戻す」

那覇軍港の浦添移設は、この演説=選挙公約に反することは明らかだ。

県民の命とミサイル配備

南西諸島への自衛隊・ミサイル配備はどんなものなのか 。

この4月、菅首相とバイデン米大統領が共同声明に「台湾海峡」を明記した。一路、武力衝突に突き進むわけではないが、仮に台湾海峡有事が発生すれば、南西諸島は壊滅的打撃を受けるだろう。住民の命と暮らしが破壊されることを前提にする安全保障政策が許されてよいはずはない。

2015年の日米ガイドライン(日米防衛協力のための指針)は、 「日本に対する武力攻撃が発生した場合」、自衛隊が主体的に戦い、「米軍は自衛隊を支援・補完する」と明記している。河野防衛相は国会で「わが国に対する武力攻撃にはわが国が主体的に対応し米国がこれを支援する」と答弁している。

日米ガイドラインは「日米安全保障条約に基づく防衛協力のあり方を定めたもの」とされており、自衛隊が矢面に立つことになっている。與邦国島に始まり、宮古、石垣へと続く自衛隊・ミサイル配備は、真っ先に攻撃されることになるだろう。

自衛隊を認めるか認めないかの問題ではない。住民の命と暮らしに直結している問題なのだ。

〈宮古島市役所前で、自衛隊・ミサイル配備に抗議する人々
=2020年3月撮影〉

玉城知事は沖縄戦に対する思いが希薄なのかもしれない。

沖縄防衛局が沖縄県に提出した設計概要変更承認申請書は、辺野古・大浦湾の埋立に、沖縄戦の激戦地であった沖縄本島南部からの土砂を使うことが示されていた。折しも、沖縄戦跡国定公園内の鉱山開発が発覚した。

知事は自然公園法に基づき、遺骨の有無を確認するなど条件付きの措置命令を発することを表明したが、市民・県民は南部の開発の全面禁止を求めていて、その差は大きい。

沖縄戦は県民のアイデンティティー

沖縄戦とはどんなものだったのか。沖縄戦は、20万人以上の死者をだし、そのうち住民は9万4000人という悲惨な地上戦として記憶されている。南部は最後の激戦地だ。

日本軍に強制された「集団自決」(強制集団死)や、米軍の艦砲射撃を受け、骨も残らない、跡形もない死がどれほどあったことか。死者の血が土にしみ込んでいると言われている。「遺骨の有無」で沖縄戦を語るわけにはいかない。「遺骨に十分配慮」するとは、菅首相でさえも国会で答弁していることだ。「非戦の思想」につながる沖縄戦なしに、沖縄のアイデンティティーを語ることもできない。沖縄戦跡国定公園は日本で唯一の戦跡国定公園、鎮魂の場なのだ。

玉城知事は、昨年の「慰霊の日」の式典を国立戦没者墓苑で開こうとしていたこともある。無理解もはなはだしい。

遺言はなかった

問題は玉城知事だけではない。「オール沖縄」を構成する政党・政治家も厳しく問われている。玉城知事は翁長前知事の「遺言」騒動から浮上した。県政与党・オール沖縄の候補者を選考する「調整会議」には、玉城氏の名前は出ていなかった。「遺言」を根拠に、「狂騒」のうちにきわめて短期間で決められた。琉球新報、沖縄タイムスも、「遺言」という「音源データ」が存在するかのように、県民世論を誘導していった。

「遺言」で後継者が決まるとは封建時代を思わせる。まるで「葵の印籠」だ。とは言え、「遺言」それ自体が怪しげなものだった。筆者は、知事選終了直後の2018年10月4日、社民、共産、社会大衆党、労組などによる「調整会議」の議長を務めた照屋大河県会議員を取材した。

遺言の音源データはあったのかという問いに照屋氏はこう答えた。
「ぼくは見てないけど、あったと思っています」「新里米吉さんが聞いてると言っているし、副知事も聞いてると言ってるし」と答えた。

調整会議の議長さえ、音源データを聞いていない。聞いたという発言を「「信じるしかなかった」というのである。その上、玉城デニー候補者と政党との間には、選挙協定さえもなかったのだ。無責任なこと、この上ない。

「建白書」の精神を実現させるという「オール沖縄会議」を訪ね、那覇軍港の浦添移設、南西諸島への自衛隊・ミサイル配備の2つの問題について聞いてみた。オール沖縄会議は、稲嶺進、高里鈴代、親川盛一、金城徹、大城紀夫、新里米吉の各氏が共同代表として名を連ねている。

オール沖縄会議はなぜ議論を避ける

福元勇司事務局長はこう答えた。那覇軍港の浦添移設や自衛隊・ミサイル基地については「これまで議論していないし、今後議論する予定もありません」。その理由についてはこう言った。「建白書がテーマとしていることとは異なる」。

ホームページでは、「沖縄の基地問題への気づきをON」と言っておきながら、県民の命と暮らしの問題にかかわる基地問題について、議論さえしないとは不思議な組織だ。「オール沖縄会議」の存在理由が問われている。

翁長知事誕生翌年の2015年に、岩波書店は『世界』の臨時増刊を発刊して「沖縄 何が起きているのか」を特集した。その『世界』の臨時増刊は巻頭でこう言っている。「戦争につながる一切を拒否する『オール沖縄』という新たな「島ぐるみ闘争」が現れた」。

沖縄県民と日本国民の少なくない人々が「オール沖縄」に期待したのはこういうことだったのではないか。

建白書はオスプレイ配備の撤回、米軍普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念(辺野古新基地建設反対)を要求している。しかしそれは、要求項目であって、建白書のすべてではない。建白書には「沖縄は、米軍基地の存在ゆえに幾多の基地被害をこうむり、1972年の復帰後だけでも、米軍人等の刑法犯罪件数が6,000件近くに上る」と、書かれている。

「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議結成アピール」にはこうある。「基地に支配され続ける沖縄の未来を、私たちは拒絶します」

建白書の精神、県民が「オール沖縄」の知事に託したことは、こういうことではないのか。

それとも、選挙が終われば、何をやっても許されると思っているのだろうか。それでは、安倍前政権やその亜流政権と変わらないではないか。

知事の役割とは

県知事の役割は、県民の命と暮らしを守ることである。そのことは自治体の役割を定めた地方自治法第1条の2「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として……」にも明らかだ。福祉とは、もともと幸福を意味する言葉である。

日本国憲法は基本的人権の保障や平和的生存権をうたっている。その第13条で「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」として、幸福追求権を定めている。玉城知事は、知事の職責について、県民の命と暮らしを守ることについて、真剣に考えてほしい。

「オール沖縄」が「保革」の連合であることを口実に、議論を拒否することは、本当に危うい。

どんな組織であれ、もたれあって発展することはない。内部に批判の自由があってこそ、組織は前進する。肝心なことについて、議論さえしない、できない「オール沖縄会議」とは何なのか。

翁長県政も玉城県政も行政体としての古さはそれ以前と変わらない。辺野古新基地建設に手を貸すような県政の対応もある。「オール沖縄」は、県政の主役は県民であることを知るべきだ。選挙で選ばれた知事は、県民から一定期間、県政を託されているに過ぎないのだ。

政府の説明でも辺野古新基地は総工費9300億円、工期は仮に設計変更を県が承認した時点からでも12年かかるという。軟弱地盤改良のため7万1千本の砂杭を打ち込む計画をも考慮すると、いつになるかわからない。米国内にも、実現不可能という見方が出てきている。

〈米軍キャンプ・シュワブのゲート前=2017年11月撮影〉

しかし、このままでは来年の県知事選は、闘えない。県民が萎えてしまう。理不尽な日米両政府に、現場と県政が一体となって闘い、県民を鼓舞することが求められている。

現場の闘いは不屈だ

いまも沖縄県民に愛されている瀬長亀次郎は、色紙に好んで「不屈」と書いたという。それは、沖縄県民の闘いが不屈だったからだというのだ。辺野古の住民も言う。「私たちはなにがあっても、闘い続ける。あきらめない」──。

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