権力を得てしまえば何をやっても許さるのか。本来なら贈収賄事件のはずが、身内の調査と甘い処分だけで「一件落着」にされてしまいそうだ。菅首相の長男らによる総務省幹部の接待は、憲法と法律を無視した菅首相の「官僚支配」の中から発生した。ここにメスを入れない限り、根本的な解決はない。政治は誰のためにあるのか──。
これは贈収賄事件ではないのか。監督する側の総務省幹部官僚たちが、監督される側の企業の接待を受けていた。監督される側の放送事業会社「東北新社」は菅首相の長男が中心となり、総務省幹部官僚にタクシーチケットなどを渡し、接待していたのだ。この時期、東北新社の子会社が総務省から放送免許更新を受けていた。衛星放送の業績も伸び悩んでおり、総務省との良好な関係を求めていたといわれる。「検察が起訴さえすれば収賄罪が成立する」と法曹関係者は見ている。
官僚には厳しいモラルが要求される。国家公務員倫理規程は「国家公務員が、許認可等の相手方、補助金等の交付を受ける者など、国家公務員の職務と利害関係を有する者(利害関係者)から金銭・物品の贈与や接待を受けたりすることなどを禁止」している(人事院の解説)。
その官僚たちが、なぜ接待をうけたのか。
民間企業も、刑法に規定されている贈収賄には敏感だ。ネット上で見つけたある民間企業の「贈収賄防止に関するガイドライン」は、「 贈賄の禁止(対公務員等)」の項で以下のように言っている。
「当社は、贈賄その他の不正な手段によらなければ得られない利益を一切求めません。ビジネスパートナーの皆様は、国の内外を問わず、当社のための事業又は事業上の便宜の獲得又は維持を目的として、公務員及びこれに準じる者(以下、「公務員等」といいます。)の職務行為に影響を与えることを意図し、当該公務員等に対し、直接又は間接に、金銭その他一切の利益又は便益(以下、「金銭等」といいます。)を供与し、約束し、若しくは申し出、又はこれらの行為を承認することのないようご留意下さい。」
さらに、「金銭等」が何を指すか、企業の「ガイドライン」は細かく指摘する。
「▽金銭、金券、ギフト券、未公開株、融資、担保、保証、▽贈答、供応、招待(スポーツ観戦や観劇、旅行等)、 ▽寄付、献金、スポンサー費、▽謝礼、リベート、販促費、値引き、 ▽就職、教育、医療等の機会、▽異性間の情交 等」
国家公務員倫理規程は利害関係者の接待を禁止している。官僚にとっても民間企業にとっても、「利害関係者の接待禁止」は「イロハのイ」だ。だからこそ、菅首相の長男らから接待を受けた総務官僚たちは皆、「相手が利害関係者と思わなかった」と否定してみせたのだ。
一転、「利害関係者」と認めたのは、動かぬ証拠─週刊文春の音声データが公開されてからである。
身内の調査に基づいて総務省は、幹部ら11人が国家公務員倫理規程に違反していたとして、減給や戒告などの処分を発表した。7万円を超える接待を受けていた山田真貴子・菅内閣広報官(元総務省総務審議官)は処分なし、だった。処分は「事件を小さく見せたい」菅政権の身内調査に基づくものだ。こんな甘い処分で、誰が納得するのか。事件は贈収賄が濃厚なのである。第3者による厳格な調査をする必要がある。
問題の根源は、菅政権の官僚支配にある。
菅首相は2005年11月、小泉政権で情報通信担当の総務副大臣、2006年安倍政権で総務大臣に就任した。菅氏の著書『政治家の覚悟 官僚を動かせ』には、人事権こそ「伝家の宝刀」だと、NHK担当課長を更迭したことが披露されている。「従わなければ飛ばす」と、人事による恐怖支配で、官僚を従わせてきたのが、菅首相だ。
中でも、総務省に対する「恐怖支配」は絶大だ。総務省は、江戸幕府の直轄地になぞらえて、菅氏の「天領」といわれている。
菅首相の長男・正剛氏は大学卒業後、ただのバンドマンとして活動していて、職についてはいなかった。しかし長男が25歳の時、第一次安倍政権で総務大臣となった父(菅首相)の秘書官に抜擢された。
こんな人物を、普通の企業は採用しない。放送事業会社の東北新社が、許認可権を握る監督官庁・総務省を従わせることができる政治家の息子だからこそ採用した、と見るのが自然だろう。「別人格」どころか、菅首相の「こね」で就職したのだ。
東北新社は、創業者や社長が菅首相に献金までしている企業でもある。菅首相の長男を採用後、東北新社は菅氏の長男がいる会社として、総務省内で知られるようになった、という。つまり、菅首相と東北新社は「持ちつ持たれつ」の関係なのだ。
山田真貴子・菅内閣広報官は菅首相の意を受けて、NHKに「総理が怒ってますよ」と、クレームをつけたことで知られる。日本学術会議の任命問題を菅首相に聞いた有馬嘉男キャスターの件だ。
山田・内閣広報官は2013年に当時の安倍晋三首相の秘書官に、2019年7月、総務省ナンバー2の総務審議官に就任した。2020年9月、菅内閣広報官に抜擢された。菅首相会見の仕切り役でもあるが、質問を打ち切ったりして「国民の知る権利」を奪うやり方が批判されている。
山田真貴子菅内閣広報官が総務審議官として菅首相の長男・東北新社の接待を受けた2019年、菅首相は安倍前政権の官房長官として、官僚に対する「恐怖人事」で辣腕をふるっていた。菅首相の長男の接待を受けたからこそ、山田氏は内閣広報官に抜擢されたと言える。
総務省は、国家公務員倫理規定が禁ずる利害関係者の接待を受けても、ばれなければ問題ないと考えているのか。
刑法の贈収賄で立件される危険をおかしてまで、「利害関係者の接待」で何をしようとしていたのか。東北新社側の接待の中心は菅首相の長男。衛星放送事業の許認可権を持つ総務官僚は菅首相の顔色をうかがう立場。官も民も、菅首相の息がかかっている。事件はこの中で起きたのだ。
安倍前政権と菅政権は、歴代政権のなかでも、あくどいことでは群を抜いている。森友学園、加計学園、桜を見る会の問題で世論の批判をあびると、官僚が公文書を改ざんなどをして真相を隠ぺいした。安倍前首相は「桜を見る会」だけでも、100回以上の虚偽答弁を行った。幹部官僚を従わせることでは、安倍政権で新設した「内閣人事局」が幹部官僚の人事権を握ったことが決定的だ、といわれる。
しかし、内閣人事局・政権に「独裁」を認めたわけではない。内閣人事局設置の根拠となった国家公務員制度改革基本法には『政府全体を通ずる人事管理について、国民に説明する責任を負うと明記されている。国家公務員倫理規程も、国家公務員は「国民全体の奉仕者であり、国民の一部に対してのみの奉仕者ではない」と明記しているのだ。
日本国憲法は「主権は国民に存する」と、国民主権をうたっている。つねに、国民に対する説明責任をはたさなければならない。政治の主役は国民なのだ。すでに、菅首相の長男・「東北新社」による接待問題は規制改革や既得権益の打破をイメージとする菅首相にとって打撃となった。国民1人1人がこの問題を直視し、政治のあり方を考えてみる時だ。