沖縄のいま

星英雄:辺野古新基地建設を止めて25年、迎えた名護市長選挙

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謹賀新年

1年の始まりに、辺野古新基地建設反対闘争と名護市長選挙について考えてみた。読者の皆さんも一緒に考えてみてください。

25年間の辺野古新基地建設反対闘争が、政府の辺野古新基地建設をほとんど不可能なところに追い込んだ。政府・自公政権の設計変更申請は、海面下90メートルまで軟弱地盤が続くB27地点の調査をせずに申請している。沖縄県は「最も重要な地点で必要な調査が実施されておらず、地盤の安定性等が十分に検討されていない」などを理由に、設計変更申請を承認しなかった。最大の軟弱地盤の地点を調査しないことに、専門家からは驚きと厳しい批判の声が上がっている。

〈軟弱地盤〉

軟弱地盤の存在は、安倍・自公政権が埋立をはじめる3年前、2015年に判明していたが、安倍政権はそれを隠して埋め立てを強行した。主権者国民を欺むいてまでも辺野古新基地建設を強行してきたことに、この問題を考える上での重大なポイントがある。

SACO(沖縄に関する特別行動委員会)最終報告は「今後5乃至7年以内」に米軍普天間基地を返還するとしたが、「7年」はとうに過ぎ去った。辺野古新基地建設反対闘争の前に、辺野古新基地建設それ自体が実現不可能になっている。

政府の設計変更申請でさえ、工費は当初の約2・7倍に膨らみ、普天間返還は2030年代半ば以降になるというのだ。見通しのない工事にどれだけの血税を投じるのか。アメリカからも、「実現不可能」という声が伝わってくるようになってきた。

〈写真提供=大城敬人、西川征夫〉

辺野古新基地建設反対闘争は1997年1月9日、辺野古の住人・故比嘉盛順氏が辺野古の入口に「ヘリポート移設絶対許すな」という横断幕を掲げたことから始まる。SACO最終報告のわずか1カ月後、迅速な反対行動だった。直後に、辺野古の住民たちは「命を守る会(ヘリポート建設阻止協議会)」を結成。いまでは、米軍キャンプ・シュワブのゲート前に、辺野古・沖縄・「本土」の人々が座り込む。

こうした状況下で、名護市長選挙が行われる。立候補予定者は岸本洋平市議と渡具知武豊市長の2人だ。岸本市議は辺野古新基地建設に反対の立場を鮮明にしている。

昨年12月、沖縄入りした菅義偉前首相は辺野古新基地建設は「争点にならない」と語った。辺野古新基地建設が争点になることを避けたい思惑が透けて見える。公明党沖縄県本部が、公明党本部と異なる「反対」の立場を表明していることへの配慮、とも見られている。しかし、沖縄の新聞も東京の新聞も、辺野古新基地建設が「一大争点」と訴えている。辺野古新基地建設への賛否こそ、名護市民の暮らしを左右する重大事だ。公明党支持者も名護市民もこの問題を直視してほしい。

〈争点は新基地建設〉

渡具知氏は「国と県の係争が決着を見るまではこれを見守るほかないとの立場に変わりない」と繰り返し発言している。新基地建設に対して「中立」を装う発言だが、真っ赤な大ウソである。

渡具知氏の本心は、辺野古新基地建設積極推進だ。論より証拠、「再編交付金」を受け取っている。

再編交付金とは何か。沖縄防衛局が編集企画・発行している広報誌「はいさい」は、再編交付金を支出する根拠となる法律「駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法」成立直後の2007年10月1日号で、こう説明している。「在日米軍の再編による負担を受け入れていただいた市町村に対し、『再編交付金』を交付する」。

〈再編交付金を特集した沖縄防衛局の広報誌〉

〈再編交付金は負担を受け入れた市町村に交付すると明記した「はいさい」〉

「米軍再編による負担」、つまり辺野古新基地建設を受け入れる名護市にたいして再編交付金を交付する、と明言しているのだ。

小野寺五典防衛大臣は2018年2月7日の衆議院予算委員会で次のように答弁した。

「再編交付金については、交付開始後、駐留軍等の再編の円滑な実施に向けた措置の進捗に支障が生じた場合において、再編交付金の額を定めることが適当でないと認める特段の事情があるときは、再編特措法施行規則第九条第三項に基づき、年度の交付限度額を減じ、又はゼロとすることができるとされています。ですから、交付しないことができるということになります。名護市への再編交付金については、この規定に基づき、平成二十二年度以降、年度の交付限度額をゼロとしております。ですから、出しておりません」。

小野寺防衛大臣は「平成二十二年度以降」すなわち稲嶺進市長の名護市に再編交付金を交付しないのは、「円滑な実施に向けた措置の進捗に支障が生じた」からだと、説明している。

〈真っ赤なウソ〉

沖縄防衛局も小野寺防衛大臣も、再編交付金について、交付する理由、交付しない理由を明確にしている。辺野古新基地建設を受け入れれば再編交付金を交付し、受け入れなければ交付しないと説明しているのだ。

稲嶺市政で再編交付金がストップし、渡具知市政で交付される理由──再編交付金は辺野古新基地建設に対する賛否の態度によって決まることをはっきりと示している。渡具知氏が辺野古新基地建設に「中立」を装うのは許されない。

渡具知市長は名護市議会で「再編交付金を受け取ったから基地移転を容認したことになるということは考えておりません」と答弁しているが、法の趣旨や国会での議論を、渡具知氏の一存で変えることができるとでもいうのだろうか。ウソで塗り固めたごまかしは、名護市長にふさわしくない。

渡具知市長はたびたび東京に出向いて政府関係者と会談しているが、その内容を有権者・市民に説明すべきだろう。説明責任を果たさないばかりか、ウソを言って市民をだますとは、それだけで市長失格である。

渡具知市長は辺野古新基地建設のための美謝川水路切り替え工事を、防衛省のなすがままに許しているが、これも市民に対する背信行為だ。市の「法定外公共物管理条例」では、辺野古ダムの「構造又は機能に支障を及ぼすおそれのある行為」は、名護市と政府とが協議することを義務づけている。市議会も、市法定外公共物管理条例に基づく協議を終えるまで工事に着手しないよう市長に求め、決議している。それなのに、市の条例に違反してまでも防衛省に味方するのが渡具知市長なのだ。

〈全県的なオスプレイ配備反対のなかで、「名護5市議が搭乗」と伝える2012年9月28日の沖縄タイムス〉

渡具知氏は、根っからの軍事同盟の信奉者である。

沖縄タイムス2012年9月28日付は次のように伝えた。「県議全会派座り込み」「きょう阻止へ行動」と、沖縄全県の状況を伝えるとともに、渡具知氏がオスプレイに搭乗したことを報じた。渡具知武豊名護市議は「日本政府が安全宣言を出した。同盟国が持ってくるものをいつまでも反対できない」とあからさまに語ったことも伝えている。

ほとんどの沖縄県民がオスプレイ配備に反対していても、渡具知氏は日米両政府には従順だ。もともと、オスプレイ配備賛成、米軍基地賛成の立場なのだ。

渡具知氏は市長選の政策、市民への公約で「誰もが安心して暮らせる街づくりを目指す」というが、辺野古新基地建設に賛成の立場で、名護市は誰もが安心して暮らせるようになるのだろうか。「誰もが安心して暮らせる街づくりを目指す」というのも真っ赤な大ウソである。

沖縄では日々、基地あるが故の事件・事故が跡を絶たない。名護市出身(うるま市在住)の女性が、米軍属の男に暴行され、殺された事件など性的暴行事件が多発している。米軍機の騒音や事故に怯えながら勉強する子どもたち。沖縄の米軍基地で、新型コロナウイルスの感染者は数百人にのぼる。山口県の米軍岩国基地でも、80人が感染した。米軍基地のあるところ、新型コロナがある。驚くことに、米軍人は検査を受けずに日本に入国している。沖縄県の要望もどこ吹く風、米兵はマスクもつけず、街に繰り出している。

もともと、日米安保条約・日米地位協定で米兵らは、出入国管理に関する日本の法律の適用を受けない。自公政権が国民には自粛を求める一方、米軍関係者には手も足も出せない仕組みになっている。日本は世界に例をみない「米軍天国」なのだ。

米軍基地は「悪の根源」

今年は日本復帰50年にあたる。50年前、沖縄(琉球政府)は「屋良建議書(復帰措置に関する建議書)」で日本政府に沖縄の要求を突きつけた。そこには「沖縄県民は、県民の人権を侵害し、生活を破壊するいわば悪の根源ともいうべき基地に対して強く反対し、その撤去を要求」する、とある。米軍基地は「悪の根源」なのだ。50年経ても、実態は変わらない。

辺野古の嘉陽のおじぃの話を思い出す。いまは亡き嘉陽のおじぃはこんな話をしてくれた。「辺野古の海の豊かさに私たちは活かされてきた。女性や子どもたちでもウニを簡単に獲れた。旧暦3月3日には、リーフがまるで陸のようになり、サザエも手づかみで20キロは獲れた。夜のイザリでは伊勢エピ、タコその他が獲れた。戦前、戦中、戦後の何もない時に生きて、子どもたちを育てることができたのも、みんな辺野古の海のお陰だ」。

嘉陽のおじぃは「辺野古の海は命の海だ」と言っている。辺野古・大浦湾にはジュゴンなど260種の絶滅危惧種をはじめとする貴重な生物が生息している。

「悪の根源の米軍基地」、「命の海の辺野古の海」──。米軍のために、そんな辺野古の海を埋め立てても、抗議すらしないのが渡具知市長なのだ。辺野古新基地建設に賛成・容認する人たちは、子孫や歴史にどう責任を負うのか。

 

〈辺野古新基地建設を強行する自公政権に座り込みで抵抗する人々=2017年11月撮影〉

「構造的沖縄差別としての日米安保」を説いたのは、故新崎盛暉・沖縄大学名誉教授だった。「沖縄への基地押しつけを中心とする差別的仕組みは、日米安保体制維持のための不可欠の要素とされてきた」(高文研『新崎盛暉が説く構造的沖縄差別』)と説く。

日米安保体制こそ、戦後日本の支配構造の中核である。25年間も続く辺野古新基地建設を許さない辺野古・沖縄・全国の闘い・運動は支配構造に打撃を与えている。辺野古新基地建設反対の闘いこそ、戦後史の中で特筆されるべき存在なのである。

日本国憲法は悪政に抗する抵抗権を認めている。辺野古新基地建設反対闘争は、憲法が認める抵抗権の行使にほかならない。「抗い、闘う、普通の人々が社会を変える」──。

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