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星英雄:県民投票は辺野古新基地建設反対闘争の決定打なのか

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沖縄の県民投票の陰の主導者として知られる武田真一郎・成蹊大学法科大学院教授の「県民投票はどのような地平を拓いたか」(岩波『世界』2019年5月号)を読んだ。辺野古新基地建設反対闘争(辺野古闘争)は、現場闘争を離れてはあり得ないという理解に立つ筆者には、違和感が残った。県民投票が辺野古闘争に役立つことを期待しつつも、県民投票こそが辺野古新基地建設を阻止する決め手になるかのような理解はできない。県民投票はメディアでもてはやされてはいるが、辺野古闘争を県民投票に収斂させるわけにはいかないと思う。

武田教授は県民投票の意義をつぎのように強調する。

「投票結果の最大の意義は、埋立承認をいったん白紙に返すための道筋をつけた」「軟弱地盤の存在も重要であるが・・・県民投票の結果に基づく民意を撤回の根拠とすることが不可欠である」

沖縄県が軟弱地盤や活断層の存在などを根拠に、仲井真元知事の埋め立て承認を撤回したのは2018年8月31日。県民投票こそが新基地建設を阻止することができると強調する武田教授だが、新基地建設を成り立たなくさせる軟弱地盤の問題や活断層の問題を認めない裁判所が、なぜ、県民投票の結果に基づいて「埋立承認を白紙に返す」のか。肝心な点について武田氏は、これまでも、今回の『世界』論文でも明らかにはできない。この点は極めて重大だ。

2018年8月11日の県民大会

付言すれば、県民投票をするからには圧倒的な民意、すなわち有権者の過半数が埋め立て反対の意思を示す結果を求める声も少なくなかった。でなければ「民意」とみなされない可能性が大きくなるからだ。県民投票の結果は、埋め立てに「反対」は投票総数の71・7%を占めたが、残念なことに、有権者の過半数には届かなかったのも現実だ。

武田教授は「保守系の政治家や経済人が協力的だったのに対し、『進歩的』な人々の反応が鈍いのは意外であった」とも書いている。「『進歩的』な人々の反応が鈍い」のは、県民投票についての疑問が解消されないからだ。沖縄タイムス紙上での本田博利・元愛媛大学教授の見解など、「違法な埋め立て工事を止めるためにも直ちに埋立承認撤回」を求める声は多々あった。現場のリーダー山城博治氏はこう言っていた。「現場から人をはがして県民投票にいそしむ。そんなリスクを負う運動は違うと思う。今提起すべきは、翁長知事に7月の埋め立てにノーだと撤回してもらうことだ」。

新城郁夫琉球大学教授は『世界』3月号でこう指摘している。
「辺野古新基地建設反対という民意はすでに何度も示されており、この意志を実行していくことは沖縄県と日本政府の行政上の責務であるから、この責務を曖昧にしたまま投票に次ぐ投票という流れが続くとき、抵抗そのものの摩滅が起こり非暴力直接行動という運動の意義が軽んじられかねない危うさがあると思われる」「安倍極右政権の暴走のもとにある日本という国家が、沖縄における圧倒的民意たる新基地建設反対意見を汲み取りこれに応えて辺野古新基地建設をすぐに断念するという展開は、県民投票を経たとしてもおよそ考えにくい」。

筆者は2018年8月3日、東京・永田町の衆院第2議員会館で武田教授の講演を聞く機会に恵まれた。そこでの武田氏の発言には驚かされた。

県議会で成立した県民投票条例の名称は「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例」。とはいえ当初、武田教授らが考えた県民投票は、埋め立て土砂投入を止めることが目的ではなかったのである。

武田教授はこう言った。「土砂投入前に撤回しないと手遅れになる」というのが県民投票反対の理由としては一番多いが、「自然保護の人たちは法律を知らない」「知事が撤回しても、違法と判断されるだろう」。土砂が投入されても「多分、100年ぐらい経てば、元に戻りますよ」

筆者はこう質問した。「県民投票(そのもの)に反対しないが、やり方、タイミングの問題があると思う。辺野古で反対運動している人たちは土砂を投入されたら後戻りできないと考えている」「土砂投入後に県民投票をやって、どれほどの意味があるのか」と。

これに対する武田氏の答えにも、驚かされた。「もう言ってもいいと思うけど、県の意向を受けて、オール沖縄の代表4人の人とも会って話をした。去年の2月です。その段階で、条例案を全部作りました」

沖縄県外の一教授が、辺野古現場の反対意見を無視して県民投票を進めたことを正当化するように、その裏には「県の意向」があった、というのである。『世界』論文では、「私はあるルートからの依頼を受け」としか書かれていないが、県にも武田氏にもこの経緯の説明責任はある。

武田教授の理解とは違って、土砂投入問題は辺野古闘争のキーポイントだ。安倍政権は、護岸をつくり、土砂を投入することで軟弱地盤での工事を回避し、一方、新基地建設の既成事実化を図ることで県民のあきらめを誘う戦略に出ている。この問題に立ち向かうことなしに、闘いを構築できない。

「県民投票と県知事選の同日実施」など、県民投票は翁長知事再選戦略とセットだとの観測が多くあったが、翁長知事は現場や県民から「早期撤回」を迫られていた。翁長知事がなぜ、どのような思いで土砂投入前の撤回を決断したか。その理解も欠かせない。

翁長前知事の承認撤回表明を報じる沖縄地元紙は、県民の「知事不信」の増大をも伝えていた。県民の多くは土砂投入前の撤回を求めていたのだ。東京の朝日新聞は7月28日付けで、以下のように翁長知事決断の内幕を報じた。

翁長知事は県三役らにこう伝えたという。「事ここに至っては撤回せざるを得ない。私の責任でやる」。周囲にはこう語った。「公約なので勇気を振り絞ってやる。撤回しないと沖縄の政治はダメになる。私の政治姿勢を理解してほしい」

土砂投入前の撤回を求める県民の声に、「撤回しないと沖縄の政治はダメになる」と翁長知事は遅ればせながら決断したのだ。「土砂投入」はそういう問題なのである。このことが理解できなければ、辺野古闘争は語れない。

一部の若者をヒーロー視するのも、実態を反映してはいない。どの自治体でも、県民投票を成功させるために多くの市民が奮闘した。名護市民の1人は、県民投票直後にこう言った。「県民投票で本当に新基地建設を止めることができるのか、ゲート前では疑問視する人が多かった。でも条例ができて県民みんなが取り組もうと決まったからには、全力で取り組んだ。私らが頑張らなかったら、投票率も50%に達しなかったのではないか」

連日奮闘し、県民投票の投票日も朝から夜まで投票依頼の電話をかけ続けていた辺野古の女性はこう言った。「投票率が50%を超えてほっとしました。県民投票で活躍した若者たちがこれから辺野古の現場に来てくれることを願っています」

2018年8月撮影

「辺野古の闘いがなければいまの沖縄はない」といわれる。20年を超える闘いは、いまは亡き嘉陽のおじぃら2、3人の辺野古の住民の座り込みから始まった。非暴力・直接行動として、それは「命を守る会」の2639日の座り込みとなり、2004年4月19日、海上ヘリポートの建設に向けたボーリング調査に対する抗議としての座り込み、米軍キャンプ・シュワブのゲート前座り込み・海上抗議行動に受け継がれて今日に至っている。

辺野古闘争は決して県民投票に収斂されるものではない。現場は後からついてこい、と言われる立場でもない。翁長前知事も玉城知事も辺野古闘争の産物である。その逆ではない。辺野古現場の闘いがあるからこそ、県民投票もそれなりの意義を持つのである。

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