沖縄のいま

星英雄:政府・自民党に人権を語る資格はあるのか

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岸田首相は人権担当の首相補佐官を新設した。ネライは人権外交の推進という。人権の尊重は今では世界の支配的潮流だ。しかし沖縄は今も、米軍に人権が踏みにじられている。この事実に眼を閉じて、人権を語るわけにはいかない。

人権問題補佐官は何をやるのだろうか。人権問題担当の首相補佐官に就任した自民党の中谷元・元防衛相は超党派の議員連盟「人権外交を超党派で考える議員連盟」の共同会長だった。同議員連盟は外国での人権侵害に加担した個人や団体に資産凍結などの制裁を科す「日本版マグニツキー法」の制定をめざしてきたという。岸田首相も自民党総裁選の公約で「台湾海峡の安定・香港の民主主義・ウイグルの人権問題などに毅然(きぜん)と対応」と訴えていた。「人権」を中国けん制の材料にしたいようだ。

中国に人権問題が多々あることは否めないとしても、日本も戦後の自民党政権(自公政権)下で、国内に人権問題をかかえていることは否定できない事実である。

沖縄が米軍支配下にあった1967年(昭和42年)、日本弁護士連合会(日弁連)は「沖縄における人権問題に関する声明」を公表し、首相に提出した。「沖縄における人権侵害が社会の全域にあまねくおよんでいる」とした「声明」は、「米軍人等の犯罪」についてこう述べる。「相当数の軍人、軍属による人もなげな犯罪の数々は、質において筆舌に尽しがたく、量においてとうていこの報告書の網羅しうるところではない。このような行為はわれわれの文明に対する信頼を著しく損う」。

米軍人らによる犯罪は「筆舌に尽しがたい」と告発した「日弁連の声明」から半世紀余。米軍関係者による人権侵害、犯罪の実態はどれほど変わっただろうか。

沖縄では今、「米軍機の水筒落下事件」に怒りが沸騰している。宜野湾市の米軍普天間基地所属のオスプレイから水筒が落下した。その水筒には水が入っていて「車に当たれば屋根を貫通する」ほどの威力があった、と沖縄の新聞は報じている。

米軍機から「物」が落ちてくることは、沖縄では珍しくない。一歩間違えば、「殺人事件」になる事例が無数にある。

2017年、米軍普天間基地所属の米軍ヘリから緑ヶ丘保育園へ部品が落下した。つづいて普天間第二小には窓枠が落ちた。子どもたちを直撃しなかったことは不幸中の幸いだった。

琉球新報紙の社説は訴える。「住民の安全や生活は二の次だ。その不条理が、今回の水筒落下や航空機の那覇軍港使用で改めて浮き彫りになった」「米軍に日本の航空法を適用して、ドイツやイタリア並みに飛行を制限すべきだ」(2021年11月27日)

米軍は発がん性物質の有機フッ素化合物(PFAS)を垂れ流し、沖縄の人々を恐怖の奈落に突き落とした。今年8月、米軍は宜野湾市の普天間基地からPFASを公共下水道に放出した。米軍はそれ以前に、県民の人口の約3分の1、45万人もの人々に飲み水を供給する北谷浄水場をPFASで汚染した。勝手放題だ。

情けないことに、日本政府は「米軍のPFAS下水道放出」の尻拭いを買って出て、国民の税金を投入する。

米軍基地キャンプ・ハンセンを抱える金武町の町民は町長に、町民の血液検査を実施するよう求めている。

米軍関係者の性犯罪も、眼をそむけたくなるほど残虐な事例が跡を絶たない。

2016年、うるま市に住む20歳の女性が嘉手納基地の米軍属・元海兵隊員に暴行され殺された。1995年、宜野湾市で女性が海兵隊員に殴られ死亡した。

米軍関係者による性犯罪が表面化することはきわめてまれである。実態は把握しきれないのが実情だ。だが、性犯罪の傷は深く、残る。

「けがや体の痛みはいつか消えるが恐ろしさや悔しさ、悲しさ、絶望感は今でもよみがえる」と被害女性の供述調書は語る。性暴力は「魂の殺人」と、琉球新報のコラムは言う(2021年8月14日)。

米軍基地の存在が、沖縄の人々の安全と基本的人権を脅かしている。『広辞苑』が説く人権蹂躙は「国家権力が憲法の保障する基本的人権を侵犯すること」。この米軍の人権侵害に知らんふりを決め込む政権に人権を語る資格はない。権力なきところに、人権問題は生じない。

第2次世界大戦の戦勝国アメリカを中心に据えた戦後の国際秩序の下で、人権思想は深化した。人権は何物にも優先する地位を獲得した。

日本国憲法にはこう宣言する。「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」(第11条)

日本国憲法はこうも宣言する。「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」(第97条)

人権の核心は個人の尊厳である。

第2次世界大戦後、人権の保障は飛躍的に前進した。画期となったのは、1948年の世界人権宣言である。世界人権宣言は「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」と宣言する。しかし、法的拘束力はなかった。

その後、法的拘束力を持つ「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)が国連で採択され、日本も1979年に批准した。

自由権規約は「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和の基礎をなす」と明記している。

辺野古新基地建設もまた、住民の人権をふみにじる。

日本の安全保障、日米安保体制は沖縄の犠牲、沖縄の人々の人権を踏みにじることによって成り立ってきた。世界で例をみない。

世界の潮流は国家の利益より人間の利益、国家の安全保障から人間の安全保障へ。沖縄の痛みを共有することでしかこの道は切り開けない。

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