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星英雄:核兵器禁止条約、菅政権はなぜ批准しないのか

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核兵器禁止条約発効後、はじめての終戦(敗戦)の日─8月15日を迎えた。しかし菅首相は政府主催の全国戦没者追悼式の式辞で、「広島や長崎での原爆投下」に触れはしたが、核兵器禁止条約について言及することはなかった。侵略戦争の加害責任にも触れなかった。

全国戦没者追悼式に先立つ8月6日、9日、広島・長崎の式典でも、菅首相は核兵器禁止条約には触れようともせず、広島では「『核兵器のない世界』の実現に向けた努力」など、用意した原稿を読み飛ばした。広島でも長崎でも、被爆者をはじめ、多くの人々が核兵器の禁止を切に願っているのに。

田上富久・長崎市長は平和宣言で、被爆修道士(故人)の手記を引用した。
「核兵器は、普通のバクダンでは無いのだ。放射能が持つ恐怖は、体験した者でなければ分からない。このバクダンで、沢山の人が、親が、子が、愛する人が殺されたのだ。
 このバクダンを二度と、繰り返させないためには、『ダメだ、ダメだ』と言い続ける。核廃絶を叫び続ける」

この思いが、菅首相やそれを支える自民党、公明党の支持者たちには届かないようだ。

「核兵器のない世界の実現には核兵器国を巻き込むことが不可欠」と菅首相は長崎での記者会見で語った。日本は「核保有国と非保有国の橋渡し役」というのは、安倍前首相らの決まり文句だが、大ウソである。

日本政府はなぜ、核兵器禁止条約に背を向けるのか。

日本の安全保障政策・日米安保体制は前の安倍政権時代に変わった。それ以前もアメリカの核兵器に頼っていたが、安倍政権、菅政権の2つの政権は、おおっぴらに「アメリカの拡大抑止」と言い出した。被爆国の政府が、アメリカの核兵器にすがることを安保政策の中軸に据えたのだ。

そのことは、「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」、日米防衛協力の指針(ガイドライン)」を見れば分かる。

2013年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」は日本の安全保障政策の根幹とされている。そこでは、「米国による拡大抑止の提供を含む日米同盟の抑止力により、自国の安全を確保している」と明記した。同時に閣議決定された「防衛計画の大綱」も「米国の拡大抑止は不可欠」としている。

「日米安全保障条約に基づく防衛協力の在あり方を定めた」という2015年のガイドラインでも、「米国は、引き続き、その核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じ、日本に対して拡大抑止を提供する」と明記した。これも初めてのことだ。

「日米拡大抑止協議」は2010年から始まった。アメリカの核兵器使用に、日本の意向を反映させたい狙いがあるといわれる。

つまり、日本政府はアメリカの核兵器で報復するという人類滅亡の戦略を、日米同盟の中心に据えている。核兵器禁止条約を批准できない理由がここにある。

核兵器の開発、使用を禁止する核兵器禁止条約は今年1月22日に発効した。国際条約だ。非締約国への法的拘束力はないとしても、すでにその影響は大きい。アメリカや日本が頑強に反対していることが逆に、核兵器禁止条約の有効性の証となっている。

国連のグテーレス事務総長は「核兵器なき世界という目標に向けた重要な一歩」と発効を評価した。2017年に、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)がノーベル平和賞を受賞したことも忘れ難い。

人類を滅亡させる核兵器が、日本国民の命と暮らしを守るというのは虚構でしかない。日本も世界も新型コロナウイルスこそが脅威だ。パンデミックだ。新型コロナウイルスに対して、日米安保体制や巨費を投じた米国製兵器が役立つことは決してない。

日本政府が頼りにするアメリカは「テロとの戦争」を掲げてアフガニスタンに軍隊を送り込んだが失敗し、撤収した。2001年に始まった「対テロ戦争」は巨額の経済負担と多数の米兵の死者をもたらし、米国世論に厭戦感情を広げた。「アメリカは世界の警察官ではない」としたオバマ政権の時から、アフガニスタンからの撤退論が広がった。

いま、アメリカ国内では、アメリカの軍事力を背景に構築した第2次世界大戦後の国際秩序は早晩終わりを迎える、という見方が出始めた。世界は変革期を迎えている。

核兵器廃絶に向かうことは、戦後の日本が求めている。核兵器禁止条約の批准を国民が求めている。日本政府を包囲しよう。

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