沖縄のいま

長嶺勇:全ての軍事基地の撤去をめざして 沖縄・韓国連帯シンポジウムの報告

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〈「嘉手納ピースアクション」は毎週金曜日、極東最大の空軍基地といわれる米軍嘉手納基地の前で、同基地の撤去を求める活動を続けている。「全基地撤去」を掲げ、辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前や琉球セメント安和桟橋で、辺野古新基地建設反対の闘いを継続している。最近、韓国の米軍基地に反対する人々とのシンポジウムを開いた。その報告(写真は「嘉手納ピースアクション提供)〉

沖縄は幾たび民意を示してきただろうか。幾度民意を踏みにじられてきたことだろうか。ファシズムとは「個人の総和ではなく一人の人間の意志が遂行される政治」を理想とするらしいが、安倍政治は、アメリカの頸木(くびき)、誇りなき恥ずべき独裁政権のようだ。

暗雲立ち込める日本の原風景とは裏腹に、韓国では国家暴力に虐げられた人々の闘いが若者に継承され「ろうそく革命」によってムン・ジェイン政権を生み、朝鮮民族の悲願だった対立から融和、南北首脳会談を実現した。板門店宣言が「持続的で強固な平和体制の構築」「朝鮮半島の完全非核化」「朝鮮半島北東アジアの平和と安全」を世界にアピールしたことは、基地のない平和な未来の獲得。他国に礼を尽くす交易によって繁栄していた過去の歴史が蘇る夢と希望を与えるものだった。二回目の米朝首脳会談の進展はなくとも、会談の継続によって朝鮮戦争の終結を実現すれば、自主的平和統一へと大きく前進し、在韓米軍の撤退、軍事基地のない平和な朝鮮半島が実現するに違いない。

朝鮮半島の歴史的うねりは沖縄にも大きく影響するだろう。沖縄から全ての軍事基地をなくし、平和な沖縄、自己決定権を取り戻す願いと朝鮮半島の平和は密接な関係にあることから「沖縄・韓国連帯シンポジウム」を開催することになった。

〈「すべての軍事基地の撤去」をメーン・テーマに掲げた沖縄・韓国民衆会議シンポジウム(2月10日、読谷村地域振興センター)〉

私も1員の嘉手納ピースアクション、そして宮古島実行委員会、沖縄民衆連帯が主催した。2月10には読谷村で、11日には宮古島で、「今こそすべての軍事基地を撤去させよう!」が、メインテーマのシンポジウムだ。

シンポジウム開催時は、辺野古の闘いにとっても、県民投票の活動にとっても重要な時期であったので、参加者数は気になった。ところが、250名もの参加者となったのは、沖縄と韓国との連帯を熱望する沖縄の心の現れだったと思う。基調提案、パネラーからの報告を受け質疑応答の順でシンポジウムが開始された。

〈韓国の米軍基地撤去などを報告した韓国側のみなさん(2月10日、読谷村地域振興センター)〉

基調提案はカンジョンで海軍基地反対闘争を闘う「路上の神父」として知られるムン・ジョンヒョン神父がおこなった。民主救国宣言事件で捕らえられ、在韓米軍撤退運動の先頭に立ち、高齢にも拘わらず現在なお反基地平和運動に身命を賭して闘い続ける自身の心情も語った。日本による植民地からの解放後も、独裁政権によって人々は虐げられ、北朝鮮の脅威を煽り人びとの自由は奪われ続けた悲劇、南北会談によって夢は実現しつつあっても、現実に米軍基地を撤退させない限り安心はできないと提起した。

カン・サンウォン氏は、海外にある米軍基地のなかで最も大規模で、拡張工事にあっては住民が竹竿をもってブルドーザーの前に立ちはだかり、935日間、ロウソクの光で夜の闇を照らしたピョンテク米軍基地反対闘争について報告。反基地闘争を続けられるのは「米軍の仕打ちにたいする悔しさ」による志があってのことと強調した。

また、オ・ドゥヒ氏は、カンジョン村では投票結果の圧倒的多数が海軍基地の誘致に反対しているにも拘わらず、政府は民主的手続きも取らず建設工事を強行するばかりだ。複数のデモが禁じられているため1人でデモを行っている状況で、主権と民意は踏みにじられ、済州島は軍事基地の島にされようとしていると報告した。

〈シンポジウム報告者の田仲康栄・嘉手納町議(右から3人目)山内徳信・元読谷村長(左から2人目)と沖縄側の発言者〉

沖縄からは嘉手納町議の田仲康栄さんが、嘉手納基地の過去と現在、戦闘機の離着陸の爆音で生存権、命と暮らしが奪われている被害の実態について報告した。嘉手納基地が朝鮮戦争の出撃基地となり、ベトナム、カンボジア、中東まで殺戮と破壊の元凶になっていることの加害責任を問い、国境を越えた連帯の必要性を提起した。

元読谷村長の山内徳信さんは、沖縄の誇りを武器に、米軍基地と不退転に闘い、読谷飛行場を住民の手に取り戻し、文化センター、福祉施設、行政棟の拠点にし、住民のための平和で文化の薫る村づくりを実践してきた。米軍や国家権力と対峙するときは知恵と勇気を持つことによって勝利はもたらされるとの報告と提案があった。

宮古島ピースアクション実行委員会の清水早子代表は、宮古島で進められている陸上自衛隊駐屯地建設をめぐる情勢について報告した。

〈シンポジウム終了後、沖縄・韓国側双方の人々が記念撮影(2月10日、読谷村地域振興センター)〉

長時間にわたる熱気あふれるシンポジウムであった。韓国との連帯を求め、船に帆を張り沖縄の心を乗せ荒海に出るときだ。不退転の決意をもって共にアリラン峠を越えることは可能であることを確認しあう内容であったものと確信したい。国境を越えた志の連帯が燎原の炎となって大和の地にも広がることを願うものである。〈シンポジウム終了後、韓国代表のみなさんに連帯のTシャツを贈る「嘉手納ピースアクション」のみなさん(2月10日、読谷村地域振興センター)〉〈親善・連帯の懇親会であいさつするムン・ジョンヒョン神父(2月9日、嘉手納町中央区コミュニティセンター)〉

〈沖縄・韓国の参加者が連帯・交流した親善懇親会(2月9日、嘉手納町中央区コミュニティセンター)〉

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