2010年に『反貧困の文学』で小林多喜二の『蟹工船』、松田解子の『おりん口伝』、井上ひさしの『組曲虐殺』右遠俊郎の『小説 朝日茂』などを論じた著者は、派遣労働者が増え、貧困が深化する現在、ロスジェネ世代に焦点をあて、明解で分かりやすく読み応えがある文学論を表しました。評論というと硬い感じがしますが、次は何が書いてあるかと期待が膨らんで一気に読みました。
津村記久子、平野啓一郎、中村文則と私の好きな作家たち。関心のある金原ひとみ等満載でどんな風に論じているのか、大変興味がありました。
直木賞受賞の朝井リョウを除いて、全員、芥川賞受賞者というのも、若い書き手が活躍していることを示しています。ちなみに、朝井リョウの作品は、軽いのではないかと思い一作も読んでいませんでしたが、「過酷な就活とSNSの影」と評した『何者』をぜひ読んでみたいと思わせました。いずれも深く読み込んで論じていて、私の読み方は、ストーリーを追って、良かったなどで終わる浅いものということをあらためて考えさせられました。
津村記久子は、地に足がしっかりついている感じを受けます。「ポトスライムの舟」は、主人公の生き方に共感しました。高く評価する著者の姿勢に嬉しくなります。
中村文則の「土の中の子供」は児童虐待を書いたと思っていましたが、「外見にすぎない」とあり、「暴力的な運命と人間の自由意志のたたかいこそが真のテーマ」とあり、成程と納得。中村は芥川賞受賞後、児童相談所の虐待をなくす講演会で、虐待をなくす活動に関わりたい趣旨の発言をしていました。大江健三郎賞を受賞したこともあり、今後も期待できる作家のひとりです。
平野啓一郎の「本心」は分かりにくい箇所もあったので、「文学の役割までを深く考えさせる」指摘について、もっと考えてみたい、そして、まだ未読の「決壊」を読んでみたいと思いました。
金原ひとみの芥川賞受賞作「蛇にピアス」。「刺青の瞳の変化」を知り、こんな風な読み方があるのかと驚きました。金原は朝日新聞の書評を担当していて、実にしっかりしていていつも感心します。これらの若い作家たちは今後も充実した作品を書くことでしょう。
綿矢りさ、川上未映子、村田沙耶香はいずれも芥川賞受賞作程度しか読んでいないので、批評に教えられることが多く思いました。特に、綿矢りさ。芥川賞受賞作の「蹴りたい背中」を読んだとき、胸に迫るものがなく、『夢を与える』でも失望した覚えがあります。「主人公たちはオタク系女子」。綿矢さん、こんなに理解している評論家がいて良かったねと言いたい気分になりました。
補論に「ロスジェネ世代の戦争文学」があります。高橋弘希の「指の骨」。私は大岡昇平の「野火」を都合の良い箇所だけ参考にして書いている印象を受けましたが、著者は「死の前に見る穏やかで美しい夢を描いた」と書いていて、再読したいと思いました。
このようにまだ読んでいない作品は読みたいと思わせ、読んだものは再読したくなる内容で、著者の並々ならぬ力量を感じました。豊穣たる文学。その滴を受け止めながら読む喜びをいっそう味わいたくなりました。
北村さん、今後も私たちが気づかない視点での批評をよろしくお願いします。
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北村隆志著『ロスジェネ文学論』(学習の友社発行 税込1650円)