広島・長崎の平和式典、核兵器禁止条約締約国会議、核不拡散条約(NPT)再検討会議など一連の行事から明らかになったことは、核兵器禁止条約こそ世界の緊急かつ最重要課題であることだ。しかし、アメリカも日本も、核兵器禁止条約に背を向けたままだ。被爆者と被爆地の切なる願いに反して──。
「国民の生命と財産を守るためには、核兵器をなくすこと以外に根本的な解決策は見いだせない」。広島平和記念式典で、松井一実市長はこう訴えた。
「(核兵器を)持っていても使われないだろうというのは幻想」「核兵器をなくすことが地球と人類の未来をまもるための唯一の現実的な道だ」。長崎平和祈念式典の田上富久市長の言葉だ。
長崎の式典で、核兵器禁止条約締約国会議に参加した82歳の被爆者・宮田隆さんの訴えも心に残った。「10年前に発症したガンの悪化で苦悩の日々を過ごしているが、多くの被爆者は私以上の苦しみに耐えて生き抜いている」と述べた宮田さんは国会議員らにこう呼びかけた。「被爆者と直に対面し、被爆者の心の痛みと被爆の実相をきいて、世界に広く伝えてください」
被爆者と被爆地広島・長崎はそろって核兵器禁止条約の批准を日本政府に求めた。核兵器の開発、使用、威嚇などを禁止する核兵器禁止条約は2021年1月、国際条約として発効した。すでに66ヵ国が批准している。国連加盟国196ヵ国の3分の1を超える。
ところが日本の岸田文雄首相はアメリカの核の傘にしがみついてはなさない。核兵器禁止条約の言葉さえ口にしなかった。核兵器のない世界という「理想」と厳しい安全保障環境という「現実」を結びつける、というのが逃げ口上だ。
今日の核問題は、プーチン・ロシアのウクライナ侵略戦争を考慮せずには語れない。
ロシアはなぜ、ウクライナを侵略し、これでもかとばかりに蛮行を繰り返すことができるのか。ブチャでの虐殺をはじめ、ほかでも市民を攻撃し、性暴力をはたらき、原子力発電所を占拠して軍事基地化し、そして都市を破壊し尽くす・・・。やりたい放題が可能なのはなぜなのか。
アメリカはロシアと並ぶ「核兵器大国」だが、プーチン・ロシアのウクライナ侵略を止めることはできなかった。プーチンはウクライナ侵略の初日(2月24日)にこう語った。「ロシアは世界で最強の核保有国の一つであり、我が国への攻撃が侵略者に悲惨な結果をもたらすことは疑いがない」。こう語ってアメリカをけん制し、ひるませてからウクライナ侵略をはじめたのだ。
アメリカは派兵しないことをいち早く表明した。アメリカも、アメリカを盟主とするNATO(北大西洋条約機構)も、ウクライナ上空に「飛行禁止空域」を設定しなかった。アメリカはウクライナに武器を提供しているが、ロシア国内に届かないことを条件にしている。
ロシアはアメリカ、イギリス、フランス、中国とともに核兵器不拡散条約(NPT)で認められた核兵器国である。それ以外の国々は核兵器の保有を許されない。NPTは不平等条約なのだ。ロシアなど5ヵ国はいわば特権階級ともいえるのだ。それなのにロシアは核で威嚇した。そのロシアを放置して、NPT体制は成り立つのだろうか、という疑問が生じる。
プーチン・ロシアのウクライナ侵略からわかることが、もう1つある。アメリカは、他国のために核を使わないということだ。
日本国内にアメリカの核を配備して、共同運用を目指すという「核共有」論も、アメリカへの不信の裏返しとしての意味を持つ。核兵器を使用しようという考え方自体が愚かなことは、言うまでもないが。
安倍元首相のお気に入り、自衛隊制服組トップだった河野克俊・元統合幕僚長はこう語っている。「米国が核を使ってでも日本を守るようにするには、米国にとっての日本の価値を高めないといけない」。
「米国にとっての日本の価値を高める」とはどういうことか。すでに集団的自衛権を行使して米艦防護をし、アメリカに付き従って「日米一体化」をすすめ、巨額の血税をつかって米国製兵器を買っている。
それでもアメリカは「核を使って日本を守らない」、つまり、「アメリカの核の傘」は幻想なのだ。
「隗(かい)より始めよ」という言葉がある。岸田首相が「核兵器のない世界への道のりを歩む」というなら、まずやるべきことはアメリカの「核の傘」への依存をやめることである。
被爆者で歌手でもある美輪明宏さんは核兵器禁止条約は日本も「当然批准してほしい」という。そして「自分の国だけが優位に核兵器を使う権利、資格があると思ってるとしたら、大馬鹿です」と語っている(朝日新聞2022年7月22日夕刊)。