総選挙後、「野党共闘」についてさまざまな議論が起きている。立憲民主党や共産党は「政権交代」を叫んでも、私にとっては夢も希望も持てない野党共闘だった。いま、世界は変革期を迎えているのに、核兵器禁止条約も、気候変動のことも争点にしなかった。米軍による発がん性物質の垂れ流しや、辺野古新基地建設が続く沖縄のことも皆無といっていいほど、訴えはなかった。メディアで「争点なき選挙」といわれる始末なのだ。
野党共闘が魅力あるものなら、なぜ立憲民主党や共産党の支持率が上がらなかったのだろうか。政治史を振り返ってみても、政党支持率1桁の政党が政権を獲得した例はない。
野党共闘に夢も希望もなかったのは、世界の変化となんの関わりもなかったからでもある。たとえば気候変動の問題。立憲民主党も共産党も政策としての言葉はあったが、選挙戦で争点にするほどの言動はなかった。
イギリスで開かれた気候変動対策の国連会議「COP26」での岸田首相・日本の対応に、国際的NGOが「化石賞」を送ったり、グレタ・トゥーンベリら日本を含む世界の若者が「絶滅を選ぶな」、「いますぐ行動を」と訴えたこととは大違いだ。「ジェネレーション・レフト」(左翼世代)と呼ばれる世界の若者たちの期待には応えなかった。
核兵器禁止条約を「野党共闘」に基づく連立政権が批准することはあり得ない。野党共通政策は「核兵器禁止条約の批准をめざし、まずは締約国会議へのオブザーバー参加に向け努力する」と、あいまいなものだ。
立憲民主党は綱領で日米同盟堅持をうたい、アメリカの核抑止力をあてにする政党だ。共産党は2019参院選の公約で、自公政権に対して「核兵器禁止条約の批准」を求めた。それなのに共産党はなぜ、野党連立政権・立憲民主党政権に求めないのか。使い分けは許されない。
立憲民主党が「辺野古移設は中止」と打ち出しても、沖縄では信用されない。琉球新報、沖縄タイムスの「沖縄2大紙」は、アメリカと交渉する「将来の方向性は明示せず」と、疑問視している。「アメリカの合意が得られなかったので、辺野古にせざるを得ない」となることへの不安を消せない。
野党共闘の本質をズバリ言い表したのは、市民連合運営委員の山口二郎法政大学教授だった。市民連合の共通政策に野党4党が合意した意義について「共通政策の起草に関わった立場から」こう発言した。「小選挙区制が予定する『二大政党ブロックの対決』の構図ができたと安堵している」(朝日新聞10月8日「私の視点」)。
同様のことは「野党共闘」の旗振り役の1人、共産党に強い影響力を持つといわれる小沢一郎氏も幾度となく表明してきている。要は、保守2大政党による政権交代を目指すのが「野党共闘」という訳だ。共通政策とはいっても、立憲民主党が許容する範囲の政策でしかない。その他の政党は「どこまでもついて行きます下駄の雪」ということになる。
「各地に候補者を擁立して比例票を掘り起こす戦略が奏功した形だ」と日本維新の会の躍進を評した新聞もあった。その逆を行ったのが共産党だろう。
野党共闘を最も熱心に推進した共産党は比例代表で23万票、率にして0・7%ポイント前回総選挙より減らした。「野党共闘」の結果として、小選挙区に候補者を擁立しなかったことが影響したと見て間違いない。都道府県の中では、高知県が最大減を記録した。約7400票、3%ポイントの減少だ。中選挙区制では6万票を獲得していたが次第に減少、今回は「野党共闘」として候補者を立てず、比例代表で獲得したのは3万4215票にとどまった。比例の得票がほぼ半減した現実を直視すべきだろう。
全国や高知県の比例票減をみると、「野党共闘」の名のもとに小選挙区に候補者を擁立しないことが比例代表の得票にマイナスの影響を与えることがよくわかる。共産党は「野党共闘」で何を得ようとしているのかは不明である。
どんな理由にせよ、野党の票を合わせることで、激しく競る選挙区も出てくるだろう。しかし、そのことで「野党共闘」を肯定的に評価することはできない。
「野党共闘」を推進する市民運動にも言いたい。政党は現実に妥協的、市民運動はラディカルというのが世界の相場だが、日本の「野党は共闘」を叫ぶ市民運動には、変革の志を感じない。
さて、「野党共闘」は今後どうなるのだろう。
総選挙後、市民連合の山口二郎氏はツイッターで「野党共闘の終わり」を表明するに至った。「2015年の安保法制反対運動を起点とする市民運動と野党の協働という文脈はここでいったん終わることを認めるべき」──と。