「写真と動画の撮影は禁じられています」
2月10日、羽田空港から岩国空港へ向かって出発した全日空機内で、米軍岩国基地を撮影することは禁止されている、という驚くべきアナウンスが2度あった。誰がどんな権限に基づいて、撮影を禁止しているのか。アナウンスに、主語はなかった。
米軍基地の撮影はなぜ「禁じられている」のか。全日空広報に問い合わせた。
全日空はこう答えた。「確認したところ、岩国空港は米軍と私たちの共用空港となっており、出発、到着の際は米軍基地内を通過する。米軍から弊社に対してセキュリティの保安のため、撮影はご遠慮いただきたいという依頼があった。そもそも論としては、米軍基地の管理規則によって、セキュリティ上の理由で基地内での撮影は禁止されているので、このようなアナウンスを実施している」
「撮影禁止は、日本の法律によってか、米軍によってか、全日空によってか」という問いに「明日回答する」と全日空。
翌日、別の担当者は「米軍の基地管理規則に従っている」と繰り返した。「基地管理規則のどの条項か」という質問には、「弊社は申し上げる立場にない。米軍に確認してほしい。撮影できないエリアです、とお伝えするのがわれわれの義務だ」と答えた。
地元岩国市基地政策課にきいた。ところが基地政策課は「観光振興課に聞いてほしい」とたらいまわし。観光振興課は「市民から問い合わせがあった場合に備え、『禁止されている』という情報提供を受けただけ」と無責任なことを言うだけだった。
岩国空港開設は、日米両政府が取り決めた。2005年10月日米合同委員会で合意、2006年5月「再編と実施のための日米ロードマップ」に明記、2012年11月「岩国現地実施協定」締結の流れだ。自民党・小泉政権、安倍政権から民主党・野田政権の時期に該当する。この岩国現地実施協定の中に、「撮影禁止の規定」があるという。米軍の判断次第で全日空の就航が取り消されることもあり得るというのだ。
米軍との共用部分は、滑走路と駐機場に至る誘導路のわずかな面積だけだが、現実には米軍と共用ではないターミナルビルも「撮影禁止」を要請されている。
米軍と「現地実施協定」を結んだ国土交通省大阪航空局に質問した。
「撮影はなぜ禁止されているのか」。大阪航空局の回答は「米軍基地の管理規則で基地を撮影してはならないと決まっている。滑走路は日本国政府と米国の共同使用ということで米国に認めてもらっているので、駐機場に入るまでの間は撮影が禁止されている」と言う。
罰則については「法律的に罰則はない。全日空からお願いしていることに過ぎない」と答えた。撮影禁止は「米軍から口頭で」と言い、後に「文書がある」と訂正した。
東京・霞が関の国土交通省の担当者にも聞いた。協定の中に「基地規則により撮影は禁止されている」とあり、米軍の判断次第で全日空の就航禁止もあり得るが、「協定は日米の合意がないと公表できない」という。主権者国民に開示できない「協定」とは何なのか。
全日空や国土交通省の取材を通してわかったことがある。撮影を禁止するアナウンスはあるが、実は、罰則はない。つまり、撮影しても乗客は罰せられることはないのだ。
当然だ。日本国憲法は31条で、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と定めている。米軍の内部規則によって日本国民・全日空はペナルティを受けるのか。日米両政府は答える義務がある。
もっと驚いたことがある。全日空や国土交通省といった日本側関係者は米軍の「管理規則」を見たこともなければ、当該条項・条文を知ろうともしない。それなのに、乗客対し「撮影禁止」を求めるとは、アメリカに盲目的に従っているだけではないのか。
「管理規則のどんな条項によって撮影が禁止されるのでしょうか」と、岩国米軍報道部に取材を申し込んだ。「電話での取材は受けないので、メールでお願いしたい」というのでメールを出したが、岩国米軍からの回答はない。
岩国の民間空港は2012年12月、48年ぶりに再開した。当時、地方空港の開設は認めないという政府方針にもかかわらず。「民間空港は岩国経済界の悲願」を逆手にとって、日米両政府は米軍再編・空母艦載機の受け入れを条件とし、岩国市はそれを受け入れたのだ。
2006年5月、日米両政府が合意した「 再編実施のための日米のロードマップ 」にはこうある。「厚木飛行場から岩国飛行場への空母艦載機の移駐」とともに、「将来の民間航空施設の一部が岩国飛行場に設けられる」。厚木基地周辺の住民たちによって厄介払いされた米空母艦載機を岩国に受け入れさせるために、民間空港開設を「エサ」として利用した日米両政府なのだ。
とはいえ、脅しは脅しに過ぎない。日本国民の自由を米軍が奪うことになれば、国民レベルで米軍にたいする反発、怒りが沸き起こるだろう。そのことを米国・米軍は恐れているのだ。だから、日本国民にはペナルティはなく、おそらく全日空にもないだろう。
国土交通省ら日本側の当事者は、「管理規則」そのものを読んでいないし、知ろうともしていない。米軍の内部「規則」が日本の憲法や法律に優越するとでもいうのか。日本という国はアメリカのポチなのか。政府は「協定」を国民に公開し、説明責任を果たすべきだ。
全日空機からの「撮影禁止」問題は、米国の属国といわれる日本の現実を浮かび上がらせた。
日米安保条約を柱とする日米軍事同盟は、米軍再編という名目で日本国民に米軍の横暴に甘んじるよう強要した。岩国や沖縄だけではない。いまでは欠陥機オスプレイが徳島、高知、秋田などの上空を我が物顔で飛び回り、日本全土が米軍機の訓練場と化そうとしている。
「庇を貸して母屋を取られる」という言葉がある。一部を貸したつもりが、全部を奪われるという意味だ。
米軍基地は国有地の上にある。国有地は本来、国民共有の財産だ。日米安保条約によっていったん提供すれば、米軍はそれを逆用して「撮影禁止」を要求する。たかが米軍の内部規則に、国民も、全日空その他も脅される構図となってしまうのだ。
日米安保条約は、5条=アメリカの「日本防衛義務」と、その見返りとしての6条=日本の「基地提供義務」が根幹だと、岸信介首相以来説明してきた。ところがいま、アメリカは自国民の厭戦感情の広がりに世界の紛争から手を引こうとしており、日本の日米安保体制肯定勢力は戦々恐々だ。小野寺五典自民党安全保障調査会長・元防衛大臣も「他国から攻められたときに、米国を巻き込んでいかないといけない」(毎日新聞1月18日付け)と語っている。アメリカの「日本防衛義務」は虚構なのだ。
米軍の「撮影禁止」要求に、かつて外務省幹部が自嘲気味に言ったことを思い出す。「アメリカの羽音にさえもびくつくのが日本だ」。戦後もすでに75年。アメリカ言いなりの日本であることに、主権者として、国民1人1人が「ノー」というべきではないだろうか。